大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)572号 判決

控訴人 小菅政吉

被控訴人 大塚浩一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、神奈川県逗子市桜山字広地八三〇番地所在木造セメント瓦葺平家建居宅一棟建坪十三坪八合八勺を収去し、その敷地である前同八三〇番地内の別紙〈省略〉図面表示の(い)(ろ)(は)(に)に囲まれた(A)の土地三十二坪六合六勺(以下本件係争地と略称する。)を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人及び被控訴代理人において、それぞれ次のとおり述べた外は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

一、原判決二枚目表十一行の「原告は」から同十二行の「昭和二八年八月三日より」までを次の如く訂正する。

「二、控訴人は被控訴人から移転先未定のため暫時旧家屋内の部屋を貸してくれとの懇請があつたので、昭和二八年九月四日控訴人は被控訴人から売買の目的物件全部の引渡を受け、被控訴人の右懇請を容れ、旧家屋の四室を賃料一カ月金五千円にて賃貸することの内容を有する契約が成立し、占有の改定によつて、被控訴人は賃借部屋を占有し」

二、原判決三枚目表五行の「被告は」から八行の「承諾を与へなかつた」までを次の如く訂正する。

「被控訴人は前述の如く旧家屋を昭和二八年九月四日控訴人に明渡したが、四部屋を被控訴人に賃貸する約であつたから控訴人は右部屋の賃貸借契約をできるだけ早く解消し右部屋を明渡してくれと申込んでおいた。」

三、原判決三枚目裏四行の「旧家屋」を「同部屋」と訂正する。

四、控訴人は被控訴人から本件旧家屋を買受ける際、同建物の敷地の内空地を利用し、貸家を建設せんと計画し、昭和二八年九月頃その事情を打明け訴外沢木新蔵に相談したところ、同人は店舗兼住宅一棟及び住宅一棟の設計及びその建設費の予算を立ててくれた。よつて、控訴人は右計画を実行せんとしたが、建設費の準備の都合上建築に取りかからないでいたところ、被控訴人が、本件家屋を建設したため、控訴人の前記計画が不能となつた。すなわち

(イ)  被控訴人は昭和二九年四月二三日不法にも控訴人の占有を侵奪し、家屋を建築せんと無断控訴人所有の板塀をこわし土台工事に着手した。その工事を見ると、控訴人が計画した店舖兼住宅の敷地と同一個所であるので、控訴人は被控訴人に対し、右土台工事の中止を申出でたところ、被控訴人は一先これを中止した。

(ロ)  しかるところ、その翌日訴外沢木新蔵は、被控訴人の建築しようとする家屋に要する敷地三五坪に対する占有侵害を宥恕しても、その他の空地になお貸家一棟を建設し得る余地があるから、被控訴人の新築家屋建築はこれを認めよとの仲裁案を出した。控訴人は被控訴人の前記暴挙に憤慨したけれども、被控訴人の移転先がない点に対する同情と、控訴人がなお貸家一棟建設可能の希望存することを考え、不本意ではあつたが、仲裁案たる敷地三五坪の範囲に限りこれに同意を与へ、被控訴人も亦右案に同意した、よつて訴外沢木新蔵はその区域に繩引して新家屋の敷地を当事者間において確定させた。それで、被控訴人は土台工事を続行し、同工事が完成した。

(ハ)  しかるに、被控訴人は、その翌日「自分は地主から五〇坪を借りておるから、前記仲裁案はやめた」と申出でた。よつて、控訴人は同人の占有地を被控訴人が侵害したから、同土地を明渡せと要求して、両者間に争が再発した。もし被控訴人主張の如く、五〇坪を同人が使用するにおいては控訴人の前記貸家建設は不可能となり、控訴人の経済上に重大な影響を及ぼす事情があるから、被控訴人の占有侵奪を主張する次第である。

被控訴代理人の右に対する答弁

控訴人主張の前記一の事実は認めるが、その余の事実は争う。

〈証拠省略〉

理由

一、被控訴人が神奈川県逗子市字広地八三〇番宅地一六二坪(以下本件土地と称する。)の上に木造セメント瓦葺平家建居宅一棟建坪十三坪八合八勺(以下新家屋と称する。)を建築所有し、その敷地として本件係争地を占有していることは当事者間に争がない。

控訴人は、被控訴人が本件係争地を占有しているのは、控訴人の占有を侵奪したものであると主張するので、以下この点について考えてみる。

二、(1)  本件土地は、被控訴人がこれを訴外石渡島太郎から賃借したもので、その地上に被控訴人が家屋番号二一〇番の五、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三十一坪五合及び木造スレート葺平家建物置一棟建坪二坪(以下旧家屋と称する。)を建築所有し、且これに居住して、本件土地全部をその敷地として占有していたところ、控訴人は昭和二八年三月四日被控訴人から右旧家屋及びその附帯施設(但し附帯施設の内容については当事者間に争がある。)を代金三〇万円で買い受け、同日内金十五万円を支払い、昭和二八年八月三日旧家屋の内八畳一部屋の明渡を受けて被控訴人と同居し、次いで、昭和二八年九月四日旧家屋全部の引渡を受けると同時に、改めて控訴人から被控訴人に対し、同家屋の内四部屋を賃料一カ月金五千円の約定で賃貸する旨の契約が成立し、占有の改定によつて被控訴人は右四部屋を占有するに至つたこと、控訴人は昭和二九年四月四日残代金十五万円を被控訴人に支払い、被控訴人は昭和二九年四月二三日頃本件係争地に家屋建設の基礎工事をなし、新家屋の竣工と同時に(原審証人大塚静枝の証言によれば、右竣工の時期は昭和二九年九月初頃であることが認められる。)、これに移転居住したことは、当事者間に争がない。

(2)  控訴人は、旧家屋の一部屋に移転居住した昭和二八年八月三日に、被控訴人から本件係争地を含む本件土地全部の引渡を受けてその占有を取得したと主張するけれども、被控訴人と控訴人との間に本件土地の現実の引渡があつたことは、これを認めるに足る証拠はない。尤も、控訴人が右移転後本件土地の空地の除草をしたり、或はその一部を開墾して野菜畑を作り、また本件土地の周囲にあった板塀を修理したりして本件土地を占有して来たことは原審証人小菅八重子、安勝英臣、当審証人田中茂実下条邑光の各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果に徴し明らかであるが、一方原審証人大塚静枝、当審証人大崎名香子、杠美晴の各証言、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴人方においても、旧家屋を控訴人に売り渡したけれども、なお控訴人と同家屋に同居していた関係上、物ほし、ごみすて等日常生活の必要に応じて本件土地を使用して来たことが認められ、前記各証拠中右各認定に反する部分は当裁判所の措信し難いところである。しからば、控訴人の本件土地に対する前記の占有状態は、被控訴人の本件土地に対する支配を排除して、控訴人の単独占有となしたものとはいい難く、控訴人及び被控訴人が旧家屋に同居する関係上、その敷地として、本件土地全般にわたり、共同してこれを占有していたものと認めるのを相当とする。

(3)  右の如く、本件土地が昭和二八年八月三日以降控訴人及び被控訴人の共同占有にあつたところ、被控訴人が昭和二九年四月二三日頃本件係争地に基礎工事をした上、同年九月初頃新家屋の建築を完成して、本件係争地を単独占有していることは、さきに認定したとおりである。

ところで、或る物を共同に占有している者の一人が、他の共同占有者の意思に反して、自己の単独占有に移した場合は、いわゆる占有の侵奪があつたものというべく、被侵奪者たる共同占有者は、侵奪者たる共同占有者に対し、占有回収の訴により、その物全部の返還を請求することができるものと解するを相当とするから、被控訴人が本件係争地を、その地上に新家屋を建築して、その単独占有としたことが、控訴人の意思に基かないでなされたものかどうかについて判断する。

(4)  原審証人大塚静枝、原審並びに当審証人沢木新蔵(但し後記措信しない部分を除く)、当審証人杠美晴、沢木はるゑの各証言、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人は控訴人に旧家屋を売り渡した当時は、他に適当な敷地を探してこれに家屋を建築し、移転居住する考であつたが適当な敷地が見つからなかつたので、昭和二八年九月頃被控訴人の妻大塚静枝が被控訴人の代理人として控訴人に対し事情を訴へ、本件土地のうち本件係争地附近に家屋を建築して移りたいと申し入れたところ、控訴人は、あまり大きい家では困るが建築してよろしい、建築場所は本件係争地附近がよいだろうと言つて、右申入を承諾し、且当時控訴人が本件係争地附近に作つていた菜園には野菜類の外は作らず、被控訴人が家屋を建築する際にはこれを取除くことを約した。そこで、被控訴人は昭和二八年一〇月頃横須賀市米ケ浜通り土木建築請負業株式会社原田組に契約金四五万円で家屋の建築を請負わせ、昭和二九年四月八日頃地鎮祭を行い、その際供物を控訴人方に持参して挨拶に赴き、同月二〇日頃建築の基礎工事に着手したところ、控訴人は、着工の際被控訴人から何の挨拶もしなかつたものとして俄かにこれに異議を唱へ、被控訴人に工事の中止を申し入れたが、結局訴外沢木新蔵の仲介斡旋により、控訴人も被控訴人の建築を承諾し、その場所を本件係争地と指定し縄張りしてくれたので、被控訴人は、その上に新家屋の建築を続行し、これを完成した。

右のとおり認めることができ、原審証人小菅八重子、原審並びに当審証人沢木新蔵の各証言、原審並びに当審における控訴人本人の供述中、右認定に反する部分は、たやすく信用することができないし、その他控訴人の提出援用にかかる各証拠によつては、いまだ右認定をくつがえすに足りず、他に被控訴人が控訴人の係争地に対する占有を侵奪した事実を認めるに足る証拠はない。却つて、前記認定の事実によれば、被控訴人が本件係争地を、その上に新家屋を建築して自己の単独占有に移したのは、控訴人の同意に基くもので、毫も控訴人の占有を侵奪したものでないといわなければならない。

三、従つて、控訴人が被控訴人から、本件係争地の占有を侵奪されたものとして、その占有の回収を求める控訴人の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克已 菊池庚子三 吉田豊)

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